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世の中、文章を書くのに苦労する人が多いようだ。 それも、内容以上に、ちゃんとした日本語になっているかどうか、 これで通じるのだろうか、そういう事で書けなくなってしまうことも多いようである。

良い文章を書くための本の類が多数出版されている。 それらを読むのも悪くはないかも知れないが、 もっと単純で、効果が高い方法を紹介しようと思う。

日本語というのは、本来、文字以前に、話す言葉として存在していて、 偶然漢字という文字体系が伝わって来て、それをあれこれいじくり回して、 平仮名、片仮名もできた訳である。

要するに、

日本語は声に出して話したり聞いたりする言語

なのである。極めて当たり前のことなのであるが、 何故か多くの人々が忘れてしまっているのである。 書き言葉があって、それから話し言葉ができたのではない。

声に出して読むということに関しては、 齋藤孝の『声に出して読みたい日本語』が非常に有名なようであるが、 実は読んだことがない。そのうち立ち読みでもしてこようかと思っている。

編集、出版、執筆などに不覚にも関わってしまった経験からいうと、 「声に出して読む」ということは、正常な日本語であるかどうかを判定するのに 非常に役立つ方法である。

読点(、)でちゃんと一時停止して息継ぎを行ない、

句点(。)で文章が終ったことを示すために、長めのポーズを取り休む。

という、句読点の存在意義である「息継ぎ」に基づいて読んでみよう。

こういう方法で読み難い場合は、句点や読点の位置に問題があったり、 文が長過ぎるのである。 こういう場合には、何等かの修正を加え、読める日本語にすべきである。 少くとも、普通に日本語を話せるならば、問題点の幾どは把握できる筈であり、 内容はともあれ、一定水準の読みやすさの日本語になる。

読むことは、句読点の位置だけでなく、変な日本語表現が存在すると、 読むのに困るので、さまざまな日本語上の問題が発見できるのである。

声を出して読める日本語を書くことが、良い分かりやすい日本語を書くことにつながる。

今回が、今までで一番役立ちそうなことを書いたが、どうだろう。


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フィードバック:

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nonami: (Thu Feb 23 13:12:14 2006 )
>声を出して読める日本語を書くことが、良い分かりやすい日本語を書
>くことにつながる。
この文章の句読点の位置は最適だと同意します。しかし、
>こういう方法で読み難い場合は、句点、読点の位置に問題があったり、
>文が長過ぎるのであり、何等かの修正を加え、読める日本語にすべきである。
という文は、『読点が多すぎて声に出して読むのが辛い』と思います。

特にコンピュータで文章を入力している場合、日本語変換の区切が思考の区切に直結する傾向があると思います。その際に読点を入れたくなってしまって、読点だらけの文になってしまうということはないでしょうか?
fuji: (Thu Feb 23 18:58:01 2006 )
ご指摘ありがとうございます。一部変更しました。
確かに、コンピュータ入力の場合には、切り過ぎることが一般には多くなるようです。
日本語の場合、かな漢字変換という操作が入るので、日本語としての
本来の流れとはかなり違うペースになるので、良くないですね。
でも、もうかな漢字変換に頼らないと文章が書けなくなってしまいました。

よい文章を書くのはどこまで追及しても難しいので、
結局はこうした方が良い、こうするしかない、というのを
用意しようと思っていたんだが....

次回はそういう内容だったりします。

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