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日本人は、文章を書こうとすると、普段とは打って変って、 突然マジメくさった文章を書こうとすることが多いような気がする。 そうでない場合には、変にウケを取ろうとして、 無理な文章を書いていないだろうか。

マジメはとにかく堅苦しくて、読む方も耐えられないものである。 リラックスして読めて、それでいて何か得られたみたいなのが良いのではないか。

リチャード・ファインマンを知っているだろうか。 著名な理論物理学者で、ノーベル賞授賞者でもある。 でも、彼の著書は非常に面白い。 前例の無いことなら、とにかく首をつっこんで確かめてみないと気が済まないようで、 その普通でない行動の記録が沢山の本になって出ている。

一例を挙げれば、原子爆弾製造の秘密書類を保管していた キャビネットの鍵をいかにして簡単に開けられるようになったかが 詳しく説明されている。

こういうことを、いとも簡単に本にして公表してしまうところに ファインマンらしさがある。 今のインターネットのパスワード管理について考えさせられる部分も多々あるので、 興味が沸いた場合はぜひ読んでみよう。

一般の人は、なぜファインマンのように書けないのだろうか?

ファインマンの場合、そんなことを書いちゃマズイだろうということを 堂々と、それも面白半分とも取れる書き方がされているのである。

変なことは、どこにでも発生しているはずである。 しかし、面倒なことに巻きこまれないように、 変なことにはできるだけ関係を持たないようにしようと思ってはいないだろうか。

ところで貴方は

世の中で初めての事を行なう場合であっても、前例がないとしない。

ということは無いだろうか? 日本の組織はたいていそうなっている。 そして、そういう組織に飼い慣らされると、 いつのまにか自分までがそうなってしまうものだ。 こういう考えでは、決して新しいことはできない訳だ。

読者は、マジメに読もうなんて気はそれほどないのが普通だ。 面白いか、ちゃっり情報を取得できるとか、自分の利益を考えて読んでいるだけだ。 読者は勉強といいつつマジメに読んでいる場合でさえ、 人の経験、体験をなんとか盗めないものかと思って読んでいると思って間違いない。

最初にやるのが恐いから、だれか人柱になってくれ

というのが一般的であろう。

ということだから、

ユーモア、フマジメと、中味が共存するのが好まれる

のであるが、さて、そういいう文章はどうやって書けばよいのでしょうか?

なお、ファインマンの本は、ファインマン自身ではなく周囲の人が書いて ファイマンがチェックしたものが多いようだ。 やっぱり、優秀な代筆者を見出すのが一番かな。


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